メニュー
ログイン/ログアウトメニュー
ランキング

 前回は、福島千里選手が実践して成果を上げている「栄養フルコース型」の食事に注目した。今回は、さらに踏み込んで、試合当日の実践例をクローズアップ! トップ選手たちが大会期間中、普段以上に栄養の摂り方を工夫している様子が見えてきた。

 試合に向けて最後の最後まで頑張れることは、練習ではなく食事と栄養補給──福島選手のこの言葉が、試合でベストパフォーマンスを発揮するための心得を的確に表している。試合には、カラダも気持ちもフレッシュな状態で臨むことが大切。

 試合前には、つい、いつも以上に練習で頑張ってしまいがちだ。その結果、疲労を残したまま当日を迎えてしまうことがある。だが、試合のために最後に頑張るのはそこではない、という。

 普段は、バランスの良い「栄養フルコース型」の食事を意識している福島選手だが、試合の前日と当日は、食事の内容を変えている。

  キーワードは、“炭水化物(糖質)”だ。ある調査では、試合前に炭水化物(糖質)を多く摂ったサッカー選手が1試合中に走った距離は、そうでない選手より2km以上も長くなったという。カラダに溜め込まれたエネルギー源(筋グリコーゲン)の量の違いが、この差になったと考えられる。

  短距離選手は、サッカー選手のように走り続けるわけではない。では、試合に向けて炭水化物(糖質)が多い食事を摂るのが良いとされているのはなぜだろう。

 実は、短距離選手の試合期間中の運動量は、決して少なくない。予選、準決勝、決勝とラウンドを勝ち上がる場合はトータルの試合時間が長くなる。また、100mと200m、さらにはリレーに出場する選手もいる。それぞれのレースの前にはウォーミングアップも行う。短距離選手も、大会期間中を通して多くのエネルギーを消費しているのだ。

 筋肉中にエネルギー源を溜め込むための食事法はグリコーゲンローディングと呼ばれており、多くのトップ選手が実践している。長距離種目の選手は試合の3日前から、短距離や投てき、跳躍の瞬発系種目の選手なら前日から、普段より炭水化物(糖質)の量が多い食事に変える。つまり、日常の食事と試合用の食事は同じではないのだ。

 福島選手の栄養サポートを担当している株式会社明治の管理栄養士・岩切佳子さんによると、違いは『「栄養フルコース型」の食事のうち、炭水化物(糖質)が多く含まれる主食と果物を中心とした食事にすること』だという。「栄養フルコース型」の食事とは、1回の食事で「主食、おかず、野菜、果物、乳製品」の5つがそろっている食事のことだ。

 このとき、エネルギー源を溜め込むためにごはんやうどんなどをいつもより多めに摂る一方で、おかずや野菜、乳製品を控えめにすることがポイント。甘酸っぱい果物は炭水化物(糖質)とビタミンCの両方を豊富に含んでいるため、コンディショニングにも役立つ食材だ。

“トンカツを食べて試合にも勝つ!”といったゲン担ぎは、オススメできない。脂っこいものは消化に時間がかかり、胃に負担がかかるのだ。食あたりの可能性がある生もの、食物繊維が多くお腹にガスが溜まりやすい根菜類も、試合前は避けたほうがいいという。

 試合当日、トップアスリートがどんな食事をしているのかは、だれもが気になるところだ。

 以下の表は、試合日の福島選手の栄養補給の様子をまとめたものだ(資料提供/株式会社明治)。トップ選手についてのこれほど詳細なデータは珍しく、実践例を知ることができる貴重な資料だ。

 このなかで目にとまるのは、試合期間中はまとまった昼食を摂らずに、栄養補助食品を利用していることだ。

「福島選手は、出場するレース数が多いことや緊張しやすいタイプということもあって、試合期間中には思うように食事を摂れないことが多いようです。そこで、食べやすく消化・吸収の速いゼリーなどを持参して、いつでもエネルギー源を補給できるようにしています。食べられないことをあらかじめ計算に入れて、自分なりの工夫をしているんです」(岩切さん)


 福島選手が活用している栄養補助食品のタイプをシーン別に見てみると、ウォーミングアップ前、レース直前とレースの合間は水分と炭水化物(糖質)、レース直後は炭水化物(糖質)と筋肉の回復材料であるアミノ酸とプロテインの補給を意識しているようだ。


「福島選手はウォームアップ前からレース直前まで、こまめに水分を口にします。アップで汗をかくのはもちろんですが、緊張感が高くなると呼吸が速くなるため、いつもよりたくさんの水分が呼気から出ていき、脱水状態に陥りやすくなるためです。脱水状態は自分でも気付きにくいので、普段からこまめに水分補給をすることを習慣にしておくことが大切です」(岩切さん)


 レース後に炭水化物(糖質)を摂るのは、次のレースに向けて消耗したエネルギーを補給するためだけでなく、モチベーションを高く保つためでもあるという。

 レースを終えたとき、カラダの疲労以外に気持ちの疲れを感じたことがあるだろう。これは、体内のエネルギー源が減ったときに起こる症状の一つ。エネルギー源の減少が精神面に与える影響は見落としがちだが、フレッシュな気持ちで次のレースに臨むためにも、時間をおかずに炭水化物(糖質)を補うことが大切なのだ。

 炭水化物(糖質)の多い食事ではたんぱく質が不足しがちになるため、そのままでは筋肉の回復が遅れてしまう。そこで、レース直後に筋肉の回復を早めるアミノ酸やプロテインを補給して、次のレースに備えている。

 最後に、福島選手の必勝アイテムを紹介しよう。写真は、福島選手が試合会場に持参するクーラーバッグだ。中には、エネルギーゼリーや100%オレンジジュース、バナナ、おにぎり、プロテインなど、手軽に口にできるものがコンパクトに納められている。レース直後におにぎりやサンドイッチは食べられなくても、ゼリーやドリンクなら喉を通りやすい。

 福島選手にとってこのクーラーバッグは、理想通りの食事をすることが難しい試合期間中でも最大限に力を発揮するための必携品なのだ。


「リュックサックを背負って会場入りしているトップ選手の姿をよく見かけますが、あの中には、力を発揮するためのたくさんの準備が詰まっているんです」と岩切さん。

 アスリートの戦いは、スタートラインに着く前から始まっている。


文/直江光信

※試合のない週末を利用して、試合に向けた食事のシミュレーションをしてみよう。試合当日に実践した結果を踏まえて改善していくことで、最も力を発揮できる自分だけの食事法を確立しよう。試合の準備は、もう始まっている。


ふくしま・ちさと◎165cm・52kg、1988年6月27日・北海道生まれ。 2015年の日本選手権では、5年連続100m・200mの2冠を獲得。同年は5月に200mで23秒11、6月のアジア選手権100mで金メダル。7月に100m11秒25と4年ぶりに11秒2台を記録すると、4度目の出場となった世界選手権の予選を11秒23で突破。自身の日本記録に0.02秒と迫るセカンドベストをマークした。08年には、日本人選手で56年ぶりの女子100m五輪出場。09年世界選手権では、世界大会で日本人選手77年ぶりの1次予選突破を果たした。10年に100m11秒21、200m22秒89の日本記録を樹立。アジア大会100m、200mで金メダル。

ITADAKI;第1回 畑瀬聡 / 第2回 福島千里(1) / 第3回 福島千里(2) / 第4回 駒澤大学(1) / 第5回 駒澤大学(2) / 第6回 駒澤大学(3) / 第7回 駒澤大学(4) / 第8回 大迫傑