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写真は女子やり投の上位選手。左から斎藤真理菜(国士大4年)、北口榛花(日大2年)、山下実花子(九州共立大2年)

 陸上競技は、記録の優劣でレースの勝敗が決まる。だが、記録にだけ注目しすぎると、魅力ある選手たちを見逃してしまう。ここでは、そんな選手たちに注目した3つのストーリーを紹介!(文/寺田辰朗:陸上競技ライター)

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No.3 ハイレベルな自己記録
自分超えに挑む選手たち

 陸上競技では本人も予想できない記録が、出てしまうことがある。男子100mで桐生祥秀(東洋大4年)がマークした9秒98は、高校3年時の10秒01を4年ぶりに更新した結果でもあった。学生選手では女子七種競技の山崎有紀(九州共立大4年)、女子走高跳の秦澄美鈴(武庫川女大3年)、男子400mHの鍛治木崚(城西大4年)も、ハイレベルな自己記録の更新に立ち向かっている選手たちだ。

女子七種競
山崎有紀(九州共立大4年)

 山崎有紀が昨年の九州インカレでマークした5751点は衝撃的だった。自己記録が5173点の選手が、いきなり学生新(現学生歴代2位)を出したのである。山崎はその後、5500点台を5試合でマークするなど安定した強さを見せているが(今大会も5550点の大会新で優勝)、自己記録にはなかなか迫ることができない。

「5751点は何も考えずにやって出た記録。1種目1種目を見ると、今も問題なく出せると思いますが、7種目通すと5700点台は簡単ではありませんね」

 最近も走高跳の助走を変えてみるなど、個々の技術が一定していないという。だが、砲丸投などは技術をつかみつつあり、「しっくり来ている」種目もある。

「去年の日本選手権(5751点を出した次の試合)は、5751点を出したことがプレッシャーになってしまって、なんで出せないのだろう、という気持ちで競技をしていました。今年は気持ちを真っ白にしたら、楽しく競技ができています」

 卒業後も実業団チームで競技を続ける。
「去年より力がついている感触もありますし、伸びしろもまだまだあると思っています。5900点、6000点と記録を伸ばしていきたい」

 日本記録(5962点)保持者の中田有紀が、04年アテネ五輪と07年大阪世界選手権に出場したが、その後は代表が出ていない。1学年下の学生記録保持者、ヘンプヒル恵(中大3年)とともに、世界大会への飛躍が期待できる選手である。

男子400mH
鍛治木 崚(城西大4年)

 鍛治木崚はロンドン世界選手権出場と、すでに世界の舞台を経験した。しかし本番は予選で51秒36と、日本選手権の予選でマークした49秒33とは2秒の開きがあった。

 昨年までの自己記録は50秒71。5月の関東インカレで49秒62と1秒以上も自己記録を縮めた勢いがシーズン前半にはあったが、「標準記録(49秒35)までは考えていなかった」(鍛治木)。代表として走る覚悟まではできていなかった。

 日本インカレも、かつてない経験をした今季の疲れが蓄積していたため、51秒80で予選落ち。学生最後のインカレを、良い形で締めくくることができなかった。

 鍛治木にとっては日本選手権が出来過ぎで、結果的に49秒33が重荷になっているのだろうか? 鍛治木は躊躇うことなく答えている。
「48秒台を目指していたので、モチベーションになっている記録です」

 そういえる根拠の1つに、城西大と千葉佳裕監督の存在が挙げられる。48秒65(日本歴代8位)のタイムを持つ千葉監督が、最初に勧誘した学年が鍛治木たち今の4年生。城西大全般に言えることだが、鍛治木もインターハイは準決勝落ちと、必ずしも全国トップクラスの選手というわけではなかった。

「監督の選手を見る目は確かだと思いますし、どの選手もしっかりと伸ばしている。僕も3年生の段階で、49秒台を出す手応えはありました。今シーズン初めには、49秒台を出せる確信も持てた。今の課題は逆脚のところで浮いてしまうこと(6台目。5台目まで13歩で、6・7台目が14歩、残りを15歩)。そこがクリアできれば48秒台も出せます」

 シーズン後半を見ると49秒33が“壁"になっているが、シーズン全体で見れば48秒台への手応えを得られた。世界で戦う日が来たとき、浮き沈みの大きかった最終学年の経験がステップになったと、笑顔で振り返ることができるはずだ。

女子走高跳
秦 澄美鈴(武庫川女大3年)
専門の走高跳だけでなく、日本インカレには走幅跳、三段跳(写真)にも出場 撮影:中野英聡

 秦澄美鈴はルーキーイヤーの2年前に跳んだ1m82を、大学3年のシーズン終盤となった今も更新できずにいる。1m82は大学入学後2試合目で、高校時代の記録を10cmも更新した。“出てしまった記録"と見られがちなケースで、今回の日本インカレでも1m75の3位にとどまった。

 それでも秦に落ち込んだ様子はなく「“壁"とは感じていません」と言い切る。実際、昨年から今年にかけて1m80以上を3試合で跳んでいるし、1m77・78で優勝を決めた試合では何度も、1m83以上にトライしている。特に今年5月の関西インカレでは、1m84を惜しいところで落とし、「84・85は確実に跳べる高さ」と自信を持っている。

「走高跳の技術以外では走力が上がっています。タイムというよりも、進む感じが以前とは違います。クリアランスがなかなか上手くいかない点が課題です」

 伊東太郎コーチは「バイオメカニクスの専門家の分析では、重心は1m90まで上がっていることもある」という。重心がバーよりも下にあっても、クリアランスで抜くことができる選手もいるだけに、秦が課題をクリアすれば1m90以上が期待できる。

 助走技術も1m82を跳んだ頃は、最後の数歩が「ちょこちょこ」(伊東コーチ)といった走り方だったが、今は「ダイナミックに」(同コーチ)バーに向かって切り込んでいる。

 福本幸(甲南学園AC)が1m92を跳び、モスクワ世界選手権に出場したのが2013年。五輪で入賞したこともある女子走高跳の伝統を、復活させられる能力を持つ選手といえるだろう。

 今回注目した3人は、世界に出て戦う可能性を持つ選手たち。ハイレベルな自己記録を破ったとき、視界が一気に開ける可能性がある。

 山崎に桐生の9秒98の感想を聞くと、次のような答えが返ってきた。

「刺激になりましたね、同じ4年生ですし。世界選手権に出た三段跳の山本(凌雅・順大4年)とは同じ長崎県出身ですが、彼もケガで苦しんだ時期がありました。コツコツやっていれば必ず記録は伸びるんです。自分も2人のように世界で戦える選手になりたい」

 自身が以前出した記録を“壁"ではなく、目標として挑戦を続ける選手たち。彼らの“次"が、楽しみだ。

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